魅力を語る

札幌黄を愛し、この種を絶やさぬよう、それぞれの立場で懸命に頑張っている人たちが札幌黄への熱い思いを語る。

須貝 昭博

北海道メンフーズ(株)須貝 昭博さん

加工業者

「昔の札幌ラーメン」を再現させるための最後の1ピースが「札幌黄」だった。

麺に「玉ねぎを練りこむ」という新しい加工法を開発した「オシキリ製麺」専務取締役(平成26年3月当時)の須貝昭博さん。札幌黄にたどり着くまでには、紆余曲折があったようだ。

「札幌黄や後継品種の『さつおう』じゃないとあの『甘さ』が出ないし、ほかだと玉ねぎ臭が強くなっちゃうんだよね。『美味いは甘い』と北大路廬山人が言ったと言われているけど、ただ甘いだけじゃなくて、野菜から出る甘みは優しい甘みなんだよ。」
「優しい甘みだから、最後の一滴までスープを飲み干せる。そうやって、スープを飲み干すことができるラーメンが、私が作りたかった『昔の』札幌ラーメンなんだよね。袋ラーメンの場合、スープだと札幌黄をたっぷり使えないから麺に練りこんで、昔のラーメンを再現したんだ。」

奥山 武彦

サンQ青果奥山 武彦さん

八百屋

「札幌黄」は古くて新しい食材。

「甘いよ、おいしいよ!!」。威勢の良い掛け声と大きな笑い声が店内に響く。八百屋の世界に足を踏み入れて51年。サンQ青果奥山武彦社長。

「札幌黄とほかの玉ねぎとの違いは甘さとまろやかさだね。F1玉ねぎはシャキシャキとした歯ごたえが美味しいから、生で食べるならピルシーを勧める。けど、熱を加えるなら札幌黄。甘くてやわらかくて美味しい札幌黄は、徐々に高齢化が進んでいるうちのお客さんにも優しいんだ。」
「伝統を守るために、生産が難しい札幌黄を頑張って作っている農家を応援したい気持ちもあるから、自分で研究した札幌黄のおいしい食べ方をお客さんに紹介もするし、遠方のお客さんに札幌黄を発送する際には、保存方法や食べ方を記した手書きのメモも添える。」自分なりのやり方で、日々、札幌黄の良さを広めているのだ。

黒島 祥之

黒島黒島 祥之さん

飲食店

札幌黄は「本物」の食材。なくしたくないもののひとつですね。

料理人の母を持ち、子どもの頃からプロとしての「食」が身近にあった黒島シェフ。

「最近は、居酒屋やバーが流行りで、料理を看板にした店が少なくなりました。それに低価格競争が重なって、安い食材しか使わない店が多くなっています。自分はとことん食材にこだわりたいので、産地を自分の足で回って自分がいいと思ったものだけを使っているんですが、札幌黄もそのひとつですね。」
「長く貯蔵できないことを欠点ととらえる人もいますが、私は食べられる時期が短いイコール希少とプラスに考えています。さらに伝統やストーリーがあること、札幌生まれであることも、魅力として売れる部分だと思っています。」

久保田 豪之

ル・プルコア・パ…久保田 豪之さん

飲食店

野菜の甘みが決め手のフランス料理では、札幌黄の甘みが最大限に活かされるんです。

地下鉄環状通東駅近くのフランス料理レストラン「ル・プルコア・パ…」
オーナーシェフの久保田豪之さんは、生まれも育ちも東区で札幌黄を仕入れている農家の畑に、苗の状況を見に行くほどの札幌黄ファンだ。

「札幌黄は肉厚で水分が多く柔らかいので、札幌黄を使った『オニオングラタンスープ』では、甘みととろみが溢れ出て、他の玉ねぎでは出せない味が出せます。」
「また、フランス料理は基本的には砂糖は使わず、甘さは、玉ねぎ、にんじん、セロリからなるミルポア(スープやソースのベースとなる野菜の総称)から出る野菜の甘みで表現するんです。ですから、甘い札幌黄は”玉ねぎは欠かせない”フランス料理にとって、とても良い素材なんですよ。」

高瀬 昭則

カリーハウスパークポイント高瀬 昭則さん

飲食店

札幌黄に惚れて、惚れて、惚れぬいてる。もうこれがないとダメなんだよ。

中央区の電車通沿いに、札幌黄にこだわったカレー屋がある。カレー屋稼業31 年。カリーハウス パークポイントのオーナーシェフ高瀬昭則さん。

「札幌黄を本格的に使うようになったのは、5年くらい前かな。それまでも時々使ってはいたんだけど、丘珠の札幌黄農家さんを紹介されてさ、
ちょっと使ってみたら、いや~、もう、衝撃だったね~。それまで使っていた玉ねぎは、一体、何だったんだろうと思ったよ」。それからグング
ンと札幌黄にのめりこみ、今では札幌黄一筋である。
札幌黄に衣をつけて油で揚げたフリッターをサービスするようになってから、札幌黄を分けてほしいというお客さんが増えたそう。
「お客さんに、札幌黄のファンになっちゃったと言われると、断れなくてね。結局、昨年は1トンも売ったよ」と頭をかく。

土居 賢太郎

温故知新ブルックスカレー食堂土居 賢太郎さん

飲食店

「なぜ玉ねぎなの?」と問われることもありますが、それでも「札幌黄」にこだわりたい。

店内に入ると、強烈な「玉ねぎの香り」。「一皿に札幌黄をまるごと一個使用!」という売り文句で、すっかり有名になった「温故知新ブルックスカレー食堂」の土居賢太郎さん。

「開拓の時代から札幌黄という玉ねぎがあって、札幌が玉ねぎの一大生産地だったというような背景がわかると、今まで以上に『自分たちが食べているもの』に関して興味が湧き、産地や品種などに関心を持つようになると思うんです。」
「つまり、札幌黄のよさを歴史的な背景も含めて発信していくことで、まずは玉ねぎに注目が集まり、そしてそれが他の野菜や食べ物への関心にもつながって、世のお母さんたちが少しずつ食そのものに関心を持つようになれば、子どもたちに安心で健康的な食文化が引き継がれていきます。札幌黄がそのきっかけになれば、というのが僕の願いです。」

竹田 裕

竹田 裕さん

札幌黄生産農家

札幌黄を次の世代にも引き継いでいけたら。

竹田さんは、明治44年に札幌に入植した先祖から数えて5代目、柔和な笑顔が印象的な好青年小学校の時から農業が好きでずっと両親の手伝いをしてきたので、すっかりベテランの風格を漂わせている。

「うちの札幌黄は主に北関東に出荷していますが、向こうの人の方が札幌黄のことを知っているような気がします。地元の札幌でもっと有名になってくれれば付加価値が上がり、作る人がもっと増えるんじゃないでしょうか。」
「自分としても、札幌黄を含めた札幌の玉ねぎのPRに、ぜひ協力したいと思います。また、先祖から受け継がれてきたものとして、守っていかなければならないと考えています。丘珠地区には札幌黄の他にも、代々伝わってきたものとして丘珠獅子舞がありますが、自分の子どもたちにも、『札幌黄』と『丘珠獅子舞』の2つはきちんと伝えていきたいですね。」

坂東達雄

ヴェール農場坂東達雄さん

札幌黄生産農家

在来種の札幌黄を作るのはワクワクする仕事。

坂東達雄さんは、丘珠で代々続いている玉ねぎ生産農家。現在は江別市角山の畑で札幌黄を生産しているが、札幌黄への思いは一途で人一倍強い。

「葉が付いたまま収穫することも、札幌では珍しいことなんだよ。北見などの産地では、その方が良く乾くからと一般的なんだけどね。」
「また、試行錯誤する中で、収穫後に長めに寝かせると、玉ねぎが休眠状態になって糖度が増したり、畑に直に種を撒いた札幌黄の方が長期保存できたりすることに気付いたという。苗を別の場所で作ると、畑に移植するときに根を切らなきゃならないけど、一回根を切ると、それだけ子孫を残す力が弱まっちゃうんだろうね。そういう発見があるから、札幌黄のような在来種を作るのは面白いんだよ。」
「農家が作物を作るだけではなく、加工して販売まで行う『6次産業』化が進めば、札幌黄のような通常の流通ルートに乗りにくい農産物でも勝負できると思う。」と語った。

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